2017.09.23

Column

*みどりコラム 01

この間の、私が代表をしている団体・コアプラスのこと。まさに右下っぽい団体特有の悩みな気がする。
 
もとからそう、といえばそうなのだけれど、コアプラスのメンバーはおおむね自分勝手だ。私自身もそうだけど。納得できないと動けないし、コンディションによって働きにムラがあるし、プライベートが大事だし、ちゃんと暮らしを充実させたい。はらいふができてから、その傾向はさらに強まったと思う。
 
コアプラスでよく出てくる言葉に「自分を生きる」とか「誰もが自分を生きられる社会」というのがある。それを目指す社会変革のプロセスの中で、仕事や活動が肥大化して、生活がおざなりになったり、メンバーが仕事に忙殺されるようなことは、大きな矛盾だ。これはソーシャルセクターで何か活動している人たちや、教育や福祉を仕事にしている人には、まったく珍しくない、よくある矛盾だと思う。でも、うちのメンバーはその矛盾に敏感。「社会変革に邁進して、毎日コンビニ弁当の人とか信用できひん」「社会変革とかいって、家庭で子育てを担ってない活動家なんかクソや」という具合である。

私はというと、けっこうワーカホリックで、社会変革が私の「自分を生きる」の中心軸にある感じ。ダメだと思いつつ、毎日コンビニごはんになってしまうことも珍しくない。比重が社会変革の方に傾きがちである。逆に、「丁寧に暮らすことがすなわち社会を変えること」みたいに言ってる人を見ると、「たとえば節電さえしてたら原発止まるんか?」と苛立ってしまう。

結論からいうと、やっぱどっちも追求しなきゃいけないよね、ということだ。そして、コアプラスは「自分を生きる」に比重が傾きがちで、私は「社会変革」に傾きがち。どっちもセットで追求していけるようにしたい。これって、ワークライフバランスの実現、よりもさらに数段難しいと思う。まずは、その両立に取り組んでいこうよ、ということを、合意するところから。まずは、ミッション、ビジョンの共有、出したいインパクトの質や量のイメージを共有し、みんなでコミットするところから。今それに取り組もうとしているけれど、なかなか抵抗感が大きい。

自分を生きることと社会変革の両立。それを実現しているロールモデルは、実はあまりいない。思い当たる人は数人いるけれど。だからこそ、新しいモデルを打ち立てていきたいわけで。

そんなこんなで、絶賛悩み中。。。

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