2018.11.09

Interview

ここここ|平田さん、仲村さん、乾さんインタビュー(前編)

市川ヨウヘイさんがバトンを渡したのは、男3人で暮らしている福島の家の方々、屋号はない。市川ヨウヘイさん(前編後編)はその多岐に広がる活動の中で、3人で暮らす前に彼らに会っているそうだ。3人で暮らしている様子を「右下っぽい」と思われたようだが、「男3人で住んでいる」ってどういうこと?何か活動をしているの?など、その暮らしぶりを取材した。

場所は大阪市福島区、小さな飲み屋さんがたくさんあるエリアのマンションの5階に彼らの家はある。最上階の5階はメゾネットになっており、おじゃますると階段をあがったリビングに案内された。そこで住人の平田良さん、仲村康平さん、乾隼人さん、紹介者の市川ヨウヘイさんにも同席いただいて話を聞いた。

3人で住んでいるということ

——まず、なぜこちらの3人を紹介されたのか教えていただけますか?

市川: 面白いと思ったんですよ。全員が何か活動を個人的にしているわけではなく、職についている状態で、かつ一緒に住んでいるけど集まってやってることを仕事にしているわけではないところがすごいなと。3人ともそこで稼がないといけないと思っていないから、競争意識も生まれにくい。そういうところも共生の指向につながるかなと。

——実際に3人で住んでいて何かやっていたりするんですか?

平田: 最初は引っ越しパーティーのようなことや、友達を呼んでご飯をたべるというのもやっていたけど、そういうことをやるのには体力がいるし、最近は各々土日に遊びに行ったりしているのであまりしていないですね。

ビジネス化も3人が同じ方向を向いていて、全員にお金が分配できたらいいけど、そうならないことも多いだろうしそこで収益を得ようとは思ってないですね。

乾: 単純にビジネスにする方法を思いついてないっていうのもありますけど。

市川: ビジネス化しちゃうと、面白くなくなる。

「男3人で住んでいる」っていうと、何かしてるんちゃうん?しようとしてるんちゃうん?と思われがちで、そんなに目的性がないままに暮らしを維持していくことができるのか疑問に思う人もいる。

たまに3人のイベントを実施して、それに参加者がいるっていう状況も、この目的性のない普段の生活があるからできるんだろうなと思うんですよね。

——そもそも3人が出会ったきっかけは、何だったんですか?

平田: 宝塚映画祭という、シネ・ピピアという映画館で実施されるイベントでボランティアを募集しており、そこに参加したのが出会いですね。

仲村: 2012年に僕と乾くんが会期中のボランティアで入っていて、その次の年に企画やイベントをやるようになってそこに平田が紹介で入ってくるようになったから、、

乾: 3人集まったのは2013年が最初ですね、当時僕は18歳とか。

——どういうボランティアだったんですか?

乾: 当日の案内とか什器つくったりとか、最初はそんなボランティアでした。

平田: 宝塚映画祭自体は以前から開催されていて、昔宝塚に映画の撮影所があってそこで撮られた映画を流すイベントとして実施されていた。ただそれだけでは面白くないと、外から編集者の人がディレクターとして入ってきて革新的なやり方に変わったんですが、そこでまず集まった人たちで何をするのか考えてみようとなった1回目に僕たちがいた感じです。

——募集をどこかで見たんですか?

仲村: 僕はツイッターで見ました。映画がとても好きで、映画館のツイッターをよく見ているんですけど、気になっていた映画で劇場でしか公開していない作品の上映が映画祭であるのを知り、ボランティアをすればタダで見られるというのにつられてきました。

乾: 大学の先輩が映画祭の当日ボランティアをしていて、誘われて行ってみました。

平田: 神戸市役所のデザイン都市推進部で働いている人と仲良くて、その人が映画祭を改革しようとしていた人と仲良くて教えてもらって行ってみたのが最初です。ボランティアの人数もそんなに多くなくて、30代、40代が多くて学生は4,5人だったので、ボランティアをやるうちに仲良くなって3年目には学生企画として学生の撮った映画を集めて上映するとかをやっていました。

——この映画祭は終わったんですか?

平田: 今もやっているけど、僕らが関わったときのディレクターの人がやめてどうなっているかはわからないです。その人がいなくなってから雰囲気がまた変わった気がします。

今までの宝塚映画祭のパンフレット

映画祭から続いている流れ

——宝塚映画祭のボランティアは終わったけど、その後も付き合いがあったということですね。

平田: 普通にご飯に行ったりはしてましたね。

仲村: そのディレクターの人と、僕と平田で飲んでて、僕その時に1年半くらいやっていた仕事をやめた時期で、どうしたらいいですかね。という話をしていたときに案が2個でたんです。

1つは、外国に行ってみたら?というもの。実際その4日後にタイに10日間くらい行きました。

もう1つは、自分ら一緒に住んでみたらええちゃうん?みたいなことを言われて、自然と「乾もメンバーに入れていいんじゃないか」という話になったんです。

——本人いないのに!

仲村: 僕はその時一人暮らしで、平田も乾も実家だったので、乾はこういう機会じゃないと実家でないんちゃうんかと。笑

平田: あとで、ライン送ったら。うっす!みたいな返事があって、笑

そこから実際に住む家探し始めたっていう流れです。これが去年の2月くらい。

市川: でも、3人とも大阪に縁もゆかりも無いのに福島に住むって面白いなって思った。

——どこだったんですか?他の候補地はあったんですか?

平田: 僕は職場が西宮で、家は宝塚。

乾: 実家は宝塚です。

仲村: 僕は尼崎です。

平田: 他の候補地は、西九条とか海老江とかいろいろ探しました。各自の部屋を確保できることと、それぞれの部屋を通らなくても生活できるような構造であるとか、壁が薄くないとかいろいろなこだわりはあったんですが、この場所を見つけて、メゾネットやし面白い、梅田も近いし、すぐ飲みに行けるしって決めました。

——実際に暮らしてみてどうですか?ルールみたいなものは決めてるんですか?

平田: 僕は一人暮らししてたときもあるから、なんとなく知ってるし。仲村はずっと一人暮らしやから慣れてるけど逆にこういう方(シェアハウス)はやりにくいと思ってるかもしれないなーと。

ルールは特にないけど、水回りの掃除と、ゴミ出しと、共用部の掃除だけ分担してる感じです。

仲村: 最初は担当を回してたんですけど、それぞれ向き不向きがあって喧嘩も経て2,3ヶ月くらいでそれぞれの分担が決まりました。

市川: やりにくいと思いつつ、よく一緒に住んでるなと。

平田: 2年契約ですしね。

——そうなんですか?

平田: どう思ってる?(仲村さん、乾さんに対して)

僕は更新しなくてもいいかなって思ってるんですよね。オーバーサーティーやし。

市川: 3人が揃わないってなったら、そのときに人を入れ替えるのか?とか考えないといけないし、ここに住むのは難しいかもしれないよね。でもこの3人の生活は面白いと思ってるんですよね。

一番最初に会ったのは映画祭だったけど、映画祭は変化していくし集まった人たちがそれを続けて行く必要はないと思ってます。でも、映画祭が何かを残していくことはあっていいと思っていて、残していく上で「映画祭」という形で活動する必要がない、ということの答えの1つがこの暮らしぶりにあるという感じがしてます。イベントを開催し続けたり、コミュニティを維持しようとするわけでもなく、3人で一緒にすめているということはすごいことだと思います。

——市川さんはそこを「右下っぽい」と思っているわけですね。

 

人を呼ぶイベントをしたときもある

——せっかく3人で住むんだから何かやろうという話はしたんですか?

乾: たまに開催するイベントは、たまにはシェアハウスっぽいことしようって感じでやってますね。

平田: 人は呼ぶけど、勝手に来たらいいし、来なくてもいいっていうスタンスでやってます。

仲村: こないだはウチロックフェスというイベントをしたんですが、今年FUJI ROCKが3日間YouTube配信をしたので、それを家で見るという企画です。3日間あって金曜日から僕はここにいたんですけど、その日は僕1人だけでした。2人(平田、乾)もいなかったし。

乾: 3days、ウチでもロックフェスやってるよ!っていう感じですよね。一応3日目は人来ましたね。

その前は、VR温泉街っていう企画をやりました。

この福島という町は、銭湯があって、飲み屋さんもたくさんあって。自分たちの気分次第でここは温泉街だ、という意味でVR温泉街。

銭湯に行って、近くに卓球場もあるので卓球をして、家でプチ宴会をする。

平田: このときは乾くんの部屋が畳で雰囲気があるので、リビングのこたつを持っていってそこで酒盛りをしました。その時も僕の友達を呼んだり、他の人も来て、途中で仲村が合流してという、各々の知り合い同士がつながる場所にはなってる。

——イベントだけを常に追い求めるわけではなく、うまく合えば一緒にやろうというような自然体な様子を感じます。そういう企画は会議をして決めてるんですか?

イベントを開催した際の3人の滞在できる時間表と、”アゲ”というキーワードで編集された専用プレイリスト

平田: 会議とか1度もしたことないです。3人が自然と集まることもないですし。

仲村: たまたま階段のところで会ってとか、乾くんの部屋の前でちょっと話すとかはありますけど。割とすれ違ってます。

市川: 学校みたいでしょ。

イベント事があると人は集まったりするわけで、そういう「部活」みたいなことをしたいってみんな言うんですけど、「学校」がないと部活の意味がほぼないんですよね。行かなければならない場所があるから、もう片方が楽しくなるので、学校がないと、そもそも部活は行われない。部活を目的にしたらあんまり人が集まらなくなるのは、そのせいなんです。

何か軸や共通するものがないと、遊びって生まれにくいんですが、ここは全員が家に帰ってくるという軸があるから、それが学校的要素になっているんですね。

部室を作っても、誰もこなかったら共通の活動をしていることにはならずに、なんとなく動いていない場所に見えるんですが、この場所の場合は彼らがここに帰ってくる以上、ここは動いている場所に見えるんですよね。生活があるから。

イベントをしておかないと止まってしまう場所はしんどいですが、3人がずっといるだけでいいけどそれは案外難しい、少しでもそれを嫌がれば解散できてしまいますし。けど、この3人にはどうも嫌がらずに維持できているから面白いと思います。

平田: そんなこと考えずに来たなぁ。

仲村: 僕らなんか面白いことやってたんや、住んでるだけやのに。

——何かをしよう!だから一緒に住もう!ってなるとそれが止まったときにしんどいわけですね。

ついつい、シェアハウスしてるんだから毎週金曜日はミニイベントしようぜとか、3人の共通の趣味が映画なんやったら映画1本みようぜとかなりそうですもんね。

仲村: そういうの住む前には妄想してましたけどね。

乾: 定期的はしんどいですね。

仲村: だんだん適当になってきてる。プール金とかも気にしてないやろ?

——プール金とは?

平田: 家賃が3人で割りにくい金額っていうのと、インターネット代とかもあるので、それぞれから徴収して余った分をプールしていくようにしてるんです。

溜まった分を使って飲みにいったりしようとか思ってたけど、1回も使われてない、、笑

乾: パーティー費用にはなりましたけどね。

平田: 3人だけに還元するっていうのはやってないね。

仲村: このまま使わなかったら最後にめっちゃいいご飯たべられる!

乾: 平田さんがずっとその役割をやってくれてる。

仲村: 一番お金にちゃんとしてるから。

——ー人はできることと、できないことがあるけど、それを会議をして決めるわけでもなく自然と分担していけるのがいいですね。

平田: まぁ、しゃあないなくらいの距離感でしょうね。

なぜ3人で暮らし始めたのか?そのきっかけや、暮らしぶりについて話を聞いた。

もともとイベント企画なんかもしていた仲の良かった3人で始めたシェアハウスだが、イベントが頻繁に起こるわけではないけど、バランスよく楽しい暮らしぶりを垣間見ることができた。

後編は、自分たちの暮らし方を右下っぽいと思うのか?など少し深めて聞いていきたい。

インタビュアー:奥井希、森川真嗣(取材日:2018年10月14日)

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