2017.09.24

Interview

「株式会社シカトキノコ」と聞いて、どんな会社を思い浮かべるだろうか。社長の藤田ツキトさんが、コピーライターであり副社長でもある奥様・金輪際セメ子さんとともに経営するその小さな会社の唯一の部署名は、なぜか「地球防衛事業部」。「アート課」「デザイン課」「まちあそび課」があり、「直接クライアントの顔が見えること」を大切に、なんだか楽しげに、広告制作や事業の企画提案、地域の課題解決などを行っている。
「インスタントカメラマン」というアート活動を通して大阪の街を駆け回り、使いきりカメラで写真を撮りためる中で得た縁と、そこからの流れをもとに「まち」とのつながりを深めてきたというツキトさん。

ギャラリー運営から、街の魅力を紹介するマップづくり、玉造の非公式キャラ「とらとうちゃん」のプロデュース、物々交換での個人デザイン事務所、地域イベント「ひがしなり街道玉手箱」の運営など、その活動経歴は多岐に渡る。そのユニークな経歴と、活動への思いについて伺った。

 

 

鹿と茸で地球の平和を守る!?

 

——普段されているお仕事について、簡単に教えてください。

ツキト: 今里と鶴橋の間、大阪市東成区の自宅兼事務所で、株式会社シカトキノコという会社を経営しています。
「何してる人ですか?」って聞かれたら、「広告会社の社長やってます」って答えるのが一番わかりやすい気がします。

 

——シカ(鹿)とキノコ(茸)・・・! まずは、その社名が気になります。「シカトキノコ」という名前は、どんな由来があるんですか?

ツキト: 現在、金輪際セメ子という名前でコピーライターをやっている妻に、いまから9年前に「好きなものって何?」という質問をしたところ、「シカ(鹿)とキノコ(茸)が好き」という答えが返ってきたんです。僕は、なぜかそれが気に入ったので、その翌週に税務署に行って、「シカトキノコ」という屋号で個人事業申請を出しておいたんですよ。そしたら、毎年確定申告の時期が来るから忘れないなと思って(笑)。

 

——忘れないために・・・!

ツキト: そうなんです。ただし、申請しただけで、そこから3年くらいは「シカトキノコ」としては特に何もしていなかったんですけどね。2011 年に個人デザイン事務所を始める時に、やっと正式に屋号として使い始めました。2014 年に法人化してからも、継続して使用しています。

株式会社シカトキノコのホームページ

 

——「シカトキノコ」というネーミングが生まれたその当時は、主に何をされていたんですか?

ツキト: その頃は、ニートというか主夫をやっていました。大学を卒業してから7年くらいデザインの仕事をしていたんですが、ちょっとうつになってしまった時期があって、一旦デザインの仕事を離れていたんです。
ちょうど、そろそろ社会復帰というか、何かした方がいいかなーというタイミングやったので、そういう意味でも、とりあえず個人事業申請だけしてみたという経緯もあります。

 

——なるほど。 会社のHPを拝見したのですが、「地球防衛事業部」というのが、面白いですよね! どうして「地球防衛事業部」なんですか?

ツキト: 元を辿ると・・・社会復帰をする前に、自分の頭の中を整理したんですね。やっぱり、そういうしんどい時って、死にたくなる時とかもあったんですが、自分の内面と向き合った結果、死なないという選択をしました。そして、生きることを選んだ以上、覚悟を決めて「もう何をしてもいいか」と、ちょっとメーター振り切ったんですよね。「自分は何にもできない奴だ・・・」みたいに全否定していたのが、いい具合に逆に振り切れた時に、「社会貢献」という思想が入ってきたんです。考えが巡り巡って、自分の中で壮大な話になったというか・・・。そこにたどり着くと、僕の中では「地球の平和を守らなくては」になったんですよ。

 

——ほーーー。ずいぶん振り切れましたね!(笑) そして、表情を見るに、ツキトさんがとても真面目な方だというのが伝わってくるエピソードだと思います。

ツキト: そこから、今の仕事にも、つながっていると思ってるんです。友人で、ここここの運営メンバーの一人でもある梅山さんが、この話を聞いて「じゃあ、『地球防衛事業部』とかにしたら?」と言ってくれたので、「それ、ええなぁ!」と思って、本当に「地球防衛事業部」にしました(笑)。詳しくは、会社 HP に「シカトキノコの思い」という文章も載せていますので、よかったら見てみてください。※気が変わって、事業部名は変わっているかもしれません

地球防衛事業部のリンク

 

 

名前を変え、インスタントカメラマンに

 

——ツキトさんというお名前は、ご本名なんですか?

ツキト: いや、ツキトでもないし、藤田でもないんです。

 

——あ、そうなんですか!?

ツキト: 「シカトキノコ」で個人事業申請をしたのと同じ頃に、何か活動しようと思って「インスタントカメラマン」というアート活動を始めたんですよね。

 

——インスタントカメラマン?

ツキト: はい。使いきりカメラだけで写真を撮る活動です。社会復帰の第一歩というような時期でもあったので、朝、掃除のアルバイトで2~3時間汗をかいて、9時くらいから自転車でいろんなところに行き、写真を撮りまくるというのは、なかなかよかったですね。何度か個展も開きましたし、テレビ番組に出演する機会もありました。


2009年 NHK「パフォー!」にインスタントカメラマンとして出演

インスタントカメラマン時代のブログのリンク

ツキト: 地球の平和を守る第一歩として、そのアート活動をやるためには、ある程度影響力を持つ形を作らないといけないと思ったんですね。それで、名前を変えようと思って、藤田ツキトを名乗ったのもその頃からなんです。

 

——何か特別な由来があるんですか?

ツキト: 本名があんまり好きじゃなかったというのもあるんですが、子どもの頃に、「そういえば、おじいちゃんおらんなー」と思うことがあって、母親に少し聞いてみたら、どうやらおじいちゃんはけっこう有名な建設会社に勤めていたみたいで、母の実家も割りと裕福だったらしいんです。だけど、そのおじいちゃんが、ある日急に「発明する!」と言い出し始めて、会社を辞めてやり始めた結果、家に借金取りがどんどん来るようになって、「いよいよこれはやばい」と思ったおばあちゃんは、娘2人を連れて離婚して出て行った、みたいなことだったらしいんですよ。

 

——へぇー!

ツキト: だから、そのおじいちゃんは、生きてるのか死んでるのか・・・もう歳も90を超えていると思うので、わからないけれども、そこから生存確認できていなくてですね、その話がずっとひっかかってたんです。
おじいちゃんの名前が、藤田明さんというんですが、自分の中で何かを変えたいと思ったタイミングで、「自分が藤田明を名乗ったら、もしかしたらおじいちゃんに会えるんじゃないか」というのもちょっとだけあって・・・。

 

——(笑)! おもしろい!

ツキト: というわけで、明をカタカナにして、藤田アキラを名乗ろうと思ったんです。でも、姓名判断をしてもらったところ、3画・3画・2画の方がいいと言われたので、明の「明るい」から、右の「月」を取ったんですよ。最後の2文字は、「ト」か「ム」かなと思って、セメ子に「どっちがいい?」と聞いて、「ト」になりました。

 

ツキトさんに初めてお会いした時は、その奇抜な容貌に「わー!個性的な人!」と、正直ちょっとひるみましたが(笑)、お話を伺ってみると、物腰もやわらかく、「あれ?見た目ほど奇抜じゃないのかも?」と印象が変わりました。しかし、中身はやはり個性的! これまでされてきた様々な活動にも興味津々です。

後半へつづく

インタビュアー:徳田なちこ(取材日:2017年7月17日)

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