2017.09.25

Interview

——それですぐゲストハウスに?

森川: たまたまこの長屋が空いて、風呂屋の会社で建物を購入する流れになったので、兄から「お前やるか?」「ぜひやりたいです」と。それで自分たちで改修して自分で運営する形になって。もちろんゲストハウスみたいなことやりたいな、という思いはうっすらあったので、そこにうまくはまった感じで。

 

——確かにゲストハウスだとお客さんがお風呂を使ってくれて、うまく循環という感じもしますよね。

森川: まさにそれ。風呂屋をなんとかしたいという思いもあって。仮に、お客さんが1日100人来たら風呂屋が成り立つと考えた時に、ゲストハウスから10人、毎日お風呂に入ってくれたらだいぶ助かると思って。泊まり賃3,500円のうち、風呂代の440円を風呂屋に入れようと計算しました。

 

——ゲストハウスで地域活性みたいな動きが日本中で起こっているイメージがあるんですけれども、そういう流れに乗った面もありますか。

森川: 意図的に乗った訳ではないかな。というのも、そんなうまくいくかな、と、正直、事業を始める時には思っていました。淡路って立地が中途半端でしょう。こんなところに誰が泊まりに来るねん、と。でも、1週間くらい関西に滞在して、大阪と京都に遊びに行くなら便利やろうというもくろみはありましたけど。

 

——そうなんですか。

森川: 風呂付きで話題にはなっても、ウリにはならないと思っていましたし。外国人が風呂付きだから喜んでくれる、という感じにはならないだろうな、と。

 

——実際はどうですか?

森川: まぁ当たらずもという感じかな。面白そうと思って入ってくれる人もいたら、番台から入ってのぞいただけで帰ってしまう人もいるし。アジア人の人はいやがる人も多くて。昔ながらのバックパッカーの方が銭湯にチャレンジしてくれる感じ。

 

——ゲストハウスが一軒あると風呂屋だけでなく、周囲の飲食店やまちに波及して効果があるという話も聞きますけれど、そういうところも狙いでしたか?

森川: めちゃ狙っていましたよ。淡路に外国人がきて、商店街で買い物したらめっちゃおもしろいと思って、商店街の周囲の地図とかも作って、おすすめできるようにしておきました。実際にそれでお好み焼き屋さんから「外国人きたわ」と言ってもらえたりしました。でも、外国人におすすめできる店ってどうしても絞られてしまうんですよね、それがある意味商店街の残念なところやと思うんですけれど。

 

——ちいさい経済圏みたいなのができて、お金がまわってみたいなことは右下っぽい感じがします。例えば、右上の競争とか改革寄りの人なら、自分ところだけ儲かったらいいという感じだし、逆に左下の人なら、とにかくみんな平等に儲からないとダメという感じですし、左上なら商店街組合の中だけでがんばりましょう、という感じがする。価値観とかテイストの似ている人同士でゆるくつながって、その中で一緒にできるところはやって、という感じは、右下っぽい感じがしましたね。


すべてDIYで改装したというゲストハウス木雲の内装は清潔感がある。カフェは不定期で営業中

 

 

めんどくさいことやめよう!

 

森川: 商店街の古い体質みたいなものは、本当になんとかした方が良い。商店街ではないけれど、市場って新規出店にすごく厳しいんですよ。たとえば、この淡路の市場にも、時計屋さんが新しく出店したいという話があがって、良い話だったのに、その市場の中には既にブランドショップがあって。そのブランドショップが電池交換をしてるから、そこが時計屋と競合するからダメって。いや、「何このしんどい世界は」となる。

 

——競合するものは入れないんですか。

森川: そう。商店街もそうで、パスタを出す喫茶店の近所に生パスタを出すイタリアンができて。結果的に喫茶店がつぶれちゃったんですよ。確かに潰れたのは残念なのですが、それを誘致した地元の不動産屋さんに対して、ほかのお店の人が真剣に怒ってるんですよ。そこは、仕方がないというか。仮に同業種が2軒3軒並んだとしても、ラーメンストリートみたいな感じで特色を出したらいいのにと思うのですが。そういうのも、気を利かせて分けてあげろよ、みたいに言う人もいる。そういう仲間意識みたいな「左下意識」は商店街組合の中で強い。大阪府浴場組合っていうお風呂の組合も、そういう意味では終わってる左下。

 

——森川さんがそういう古い体質みたいなコミュニティに出入りしてるのは、何か思いがあってのことなんですか?

森川: 僕が会議で常に言うのは、もうちょっと簡素化なり、面倒臭いことをやめようということと、みんなでやりたいことはやりたいことで、集中と選択でやりましょうということ。恐らくそれを一定の人が支持してくれているから、あいつ呼んでこいよってなっちゃう。それで結果、僕が一番めんどくさいって。

 

——そういうところの雰囲気ってどんな感じですか?

森川: 50代もいてる青年部とか(笑)。それを僕らが関わるようになって、年齢制限を設けるようになったりしましたが。

 

——逆に、そういう会に入らないとか、行かないという選択肢はなかったんですか?

森川: 最初は入る気なかったというか、定款上入れないのを知っていたので、商店街の理事長に「本当は入りたいんだけど無理ですよねー」と言ったら、「大丈夫や、すぐに入れ」と……。それで「しまった」という感じになって(笑)まあでも入ってからは規約を見直したりと、良い意味で適性化に向かってますが。

 

——右下っぽいと思います。

森川: そういう意味では僕は実はすごくちゃんと右下な気がする。結果的にちゃんと右下なんちゃうかな。商店街の人に無理に右下に来てもらう感じでもなくて、ちゃんと右下におって、わかる人にだけわかってくれたらみたいな。

 

——「結果的に」とおっしゃいましたけれど、本当はもっとこの辺に行きたいというのはあるんですか?

森川: もっと面白いことやりたいというのは、根っことしてすごくあるし、自分が楽しむことが一番ウリになるようになったらいいな、と思うので。だからどこかに「ぎゅーっ」と寄りたいな、というのは欲求としてはあると思います。


右下のど真ん中を行く、森川さん

 

 

お風呂にどっぷり、淡路にもどっぷり

 

——結果的に右下ど真ん中になってしまっているのは、風呂屋の息子に生まれた運命なんですかね?

森川: あるでしょうね。風呂屋だったり淡路だったり、(武田さんの)土の人の話で言うとやっぱり土なんやろうね。

 

——反発みたいなのはなかったですか?

森川: めっちゃあった気がする。風呂屋の息子なので、銭湯が定休日以外、毎日銭湯で風呂に入るわけですよ。もう、嫌で嫌で、いつも最短距離で、使う脱衣箱も座る場所も入る風呂も決まってて、ササッと気づかれないように。そんなに風呂を楽しんでいないという生活がずっと。

 

——「継がへんぞー」みたいな反発はあったんですか?

森川: 兄が継いでいるし。どうやろ。僕の父親は僕が小学生と中学生の間PTAの会長を6年連続でやっていたんですよ。でもスピーチで長渕剛の乾杯うたったり変わったことをする人やって。それで中学1、2年までは嫌やなと思っていた。それから、うちの兄二人とも生徒会長やってたんですよ。それも嫌だったけど、逆におもろいかもなと思って、3年生のときに僕も生徒会長になったんですよ。いまでも自慢しているんですけれど、文化祭のときに劇で昭和湯の暖簾を借りてきて、一場面でうちのおやじを登場させたんですよ。子どもの文化祭の演劇に父親が登場するという。それがめっちゃうけて。

 

——全然反発してないですね……。

森川: 高校は明石の方に行って、寮に入ったんですよ。留学もしたり。そしたら逆に、親や家はありがたいなと思うようになって。兄も子どもが生まれたのがきっかけで、会社を辞めて風呂を継いだんですが、子どもが家に帰ってきたときに、おやじお袋が家におる、という環境がいいな、というのがあったんでしょうね。僕も自分の家で商売する、職住一緒というのはいいな、とは思っています。

 

——森川さん、ありがとうございました!
インタビュアー:太田明日香(取材日:2017年7月17日)

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