2017.12.08

Interview

武田緑さんがバトンを渡したのは、上田假奈代(うえだかなよ)さん。NPO法人「こえとことばとこころの部屋」(ココルーム)代表である假奈代さんは、詩人・詩業家でもある。3歳から詩作、17歳から朗読を始める。学生時代には、芸術活動に携わる多くの人々とのジャンルを超えた出会いに刺激を受け、自らも多くのイベントやプロジェクトを運営してきた。詩のワークショップは、その当時から今に至るまで続けている。コピーライターなどの経験を経て、2003年にココルームを立ち上げる。2008年より日雇い労働者のまちとして知られる西成区の「釜ヶ崎」を拠点とし、”喫茶店のふり”をしながら、表現と学びあいの場づくりをおこなっている。釜ヶ崎というまちを大学に見立て「学び合いたい人がいれば、そこが大学」をキャッチフレーズに開校した「釜ヶ崎芸術大学」は、ヨコハマトリエンナーレ2014に参加。2016年からは、ゲストハウスの運営も開始した。ホームレスのおじさんたち一人ひとりと出会い、表現することの様々な機微に触れてきた假奈代さんの道のりと、活動への思いについて伺った。

表現を仕事にする社会実験
―喫茶店のふり―

——ココルームのやっていることは、ほんとに、他にはない活動ですよね。

假奈代: 地域もすごい特徴的ですからね。私は釜ヶ崎を地域的な意味だけで捉えてはいなくて、人生において、孤独感に苛まれたり、にっちもさっちもいかないような感覚に陥ったりとかすること、そういう状況を「釜ヶ崎的」と言っていいと思っています。だから、自分自身の「孤独」を認めて、「釜ヶ崎的」な状況を生きのびるための活動をする、それを仕事とする、というのがココルームの姿勢です。

「着物に帽子」は、假奈代さんの定番スタイル。

——ココルームが生まれた経緯を伺ってもいいですか?

假奈代: 今はなき新世界フェスティバルゲートという施設に「現代芸術拠点形成事業」のためのスペースを構えませんか?と大阪市から声をかけられたのが2003年、最初のきっかけです。「表現というものを仕事にしたいと思っている人たちと一緒に、仕事場をつくる社会実験」をしようと思って、10年間の約束で、家賃と光熱費を行政が負担、それ以外はすべて自分たちの負担で始まりました。家賃と光熱費が税金ということは、公共性を担保しなければと考えた時に、「芸術に興味がある人ばかりが集まるんじゃなく、そうじゃない人も集まれる場って何やろ?」「喫茶店ちゃうか」と思ったんですね。それで、”喫茶店のふり”をするんですよ。

——ココルームのホームページにも、「喫茶店のふりからはじめました。」って書いてありますね。本当のことを言ってるんでしょうけど、なんだかクスッと笑えて、いいですね。

假奈代: 笑ってもらえたら、ありがたいです。真面目に喫茶店を運営されている方々に失礼じゃないかという気持ちもあって、始めた頃は「ふりをする」とは言えなかったのですが、最近は「ふりをする」ことが大事だと思うので、あえてそう言うようになりました。喫茶店に入って芸術に触れるきっかけにしてもらったり、舞台もあったので、ライブや芝居を見れたり、スタッフが表現を仕事にしたい若者たちに声をかけたりして。喫茶店で日銭を稼いでなんとか人件費を確保してたんですけど、お給料をそんなに払えるわけではないので、まかないごはんを作って、スタッフ・ボランティア・お客さんが一緒に食べるということをしてたんですね。

この日、取材の後にココルームでいただいたまかないごはん。18時から 、一人700円。ごちそうさまでした。

——それが、場所が変わった今のココルームでも続いてるんですね。

假奈代: そう。ごはんを食べながら話を聞いていると、お客さんが少しずつ自分のことを話してくれるんですね。困っていること、悩みごとが集まってくると、それは個人の問題だけでもなく、社会の困りごとなわけですよ。まだ発達障害とかニートって言葉も出てない頃なんですけど、仕事のことや人間関係で悩んでる若者がたくさんいることをキャッチしていました。私は研究者でもないし、政策提言とかもできない。でも、ともかくみんなで集まって、そういう話をして「自分一人じゃなかった!」って言い合える、そういう場があってもいいんじゃないかって思っていたんです。

——はい。それは、めっちゃ大事だと思います。

假奈代: やがてそういった問題が社会の話題に上り、行政に予算がついて、「就業支援事業」の公募に応募しました。 夜11時までやってるカフェで、弱音や本音を言い合える場で、演劇ワークショップでコミュニケーションスキルアップとか・・・普段やっていることをそれらしく書いたら審査に通って(笑)、そこから3年間モデル事業をしました。

釜ヶ崎への関心
―高度経済成長を支えてきたおじさんたち―

——しんどい若者たちがふらりと来れるような、居場所的なところだったんですね。そこから、釜ヶ崎で活動することにしたのは、どういう流れだったんでしょうか?

假奈代: 一所懸命働いてたんですけど、建物を出るとホームレスの人にいっぱい出会うんですね。彼らと、自分の活動とは「遠いな・・・」と思っていました。気になるけれども、何かできるわけでもない。2003年頃は、空室の増えたドヤ(日雇い労働者の簡易宿泊所)が、生活保護受給者向けのアパートに置き換わっていく、釜ヶ崎の転換期だったんですね。それで、釜ヶ崎に来て活動している医療系や福祉系まちづくりの人たちが、うちの喫茶店を打ち合わせに使うようになって。私はコーヒーを出しながら、釜ヶ崎の歴史・背景・現状を教えてもらったりしていく中で、関心を持つようになったんです。そしてわかったのが、あいりんセンター(西成区にある日雇い労働者のための就労斡旋・福祉施設)と自分はほぼ同世代だということ。どんどん便利になっていく生活をつくってくれていたのは、実はここのおじさんたちだった、ということですね。

——なるほど。それを知って、ホームレスの人たちのことが、より「自分事」に近づいたような感覚になったというのは、わかる気がします。

假奈代: 厳しい労働環境で、不当な不払い、リンチ、殺されるといった状況だったそうです。そして今の世の中ではもう「自己責任」と言われてしまうんです・・・。今の社会、「これからどうしていったらいいのかわからん」とみんなが思っている。こんなに変わっていく世の中で、「誰に話を聞きたいか」って考えた時に、偉い先生とか政治家より、私はこのまちのおじさんたちの話を聞いてみたいなぁという好奇心に駆られたんですね。

——なるほどー。そういうきっかけだったんですね。

假奈代: おじさんたちの言葉が、次の社会を考える上での補助線になるんじゃないかって直感的に思ったんですね。でも、「聞いたところでどうすんのやろ?」って思いもあるんです。けど、好奇心には勝てないわけですよ、やっぱり。

——そこに、假奈代さんの行動力を感じますね。

假奈代: 釜ヶ崎の活動をする人たちが喫茶店を利用してくれることからつながりが生まれて、釜ヶ崎の方に足を伸ばすこともちょっとずつ増えると、リヤカー引いてるおじさんがハーモニカ吹いてるとか、野宿の小屋に俳句を綴った紙が貼ってあったりだとか、そういうの見ちゃって。「こんだけ人おったら、もともと表現活動何かやってた人とか、興味ある人いるんちゃうか」とか思うようになり、それを人に言っていくと、出会うんですよ。ピアニストとか、詩人とか。で、彼らに「イベント出てください」って言うと、「生きる理由ができました」って言われたり「自信ないから稽古してくれ」って頼まれたり。そんな風につきあいが始まっていったら、どこでどう暮らしてて、どんな仕事しててとかもわかってきて、やっぱり「ホームレス」のひと括りじゃなくて、「この人」との付き合い、ってなっていく。当たり前なんですけど。そうして、だんだんとホームレスの人たちの表現活動の場をマネジメントするようなことになっていきました。

——それで、拠点も釜ヶ崎に移すことにしたんですか?

假奈代: 市の事業が頓挫して、10年の約束がなくなったんです。3年目にそれを言われて、2年ぐらい抵抗して、でも結局最後に追い出されました。その時にわかったことは、この活動が、社会の中で大事だと思ってもらえていなかったということ。ひとりよがりだったということです。「アートに税金使うって何なの?」という批判。ほぼ誰も応援してくれなかったんですね。でも、税金っていうのは、私たちが払っていて、私たちがつくりたい社会のために使うものだから、私たちが社会に対して「こんな社会になりたい!」と言っていってもいいんじゃないかっていう信念も芽生えてきました。それに、表現というものを一部のアーティストに独占させておくなんてもったない、ということに気づいたんです。

2008年1月にオープンした「インフォショップ・カフェココルーム」。釜ヶ崎での最初の拠点。同じ商店街の少し先にゲストハウスをオープンした現在は、こちらのお店は「クラシックレコード BAR」になっている。

表現とは、する側の問題じゃなく、できる場をつくれているかどうか

——それから、拠点を釜ヶ崎に移したんですね。

假奈代: いろんな反省もして、どこに行ってもよかったんだけど、釜ヶ崎に行こうって思いました。小さな喫茶店に拠点を構えて、本当にいろんな人や、信じられないような出来事と出会いましたね。数年やって気づいたのは、「表現」っていうのは、表現する側じゃなくて、表現を受け止める側、その場にいるそれぞれの人が、お互いを信頼したり、意見が違ったとしても言いたいことを言える場を作れているかどうか、ってことなんですよ。表現「する」側の問題じゃなくて、表現できる場を作っているかどうかを問われ続けていたんだ、ってことに気がついたんです。それは、私にとっては、本当にひっくり返るような転換でしたね。

——それは・・・すごく大きな転換ですね。

假奈代: 「表現をするのだ!」「生きてるってことは、表現することなんだ!」って言ってやってきたのが、いやいや、表現を受け止めてる側の問題なんですよ、っていうんだから、真反対なわけです。でも、それを教えてくれたのは、釜ヶ崎のおじさんなんです。教えてくれたというか、彼の態度がそうだったってことなんですけど。学校の先生も、大人たちも教えてくれなかったことを、釜ヶ崎のおじさんが教えてくれたんです。そういうわけで、しばらく釜ヶ崎なんですよね。

いろんな人が集まるココルームでは、いろんなことが起こるけれど、「難しく考えず、カフェにお茶しに来たり、ゲストハウスに泊まりに来たりしてくれたら、それが何よりの応援になります」と假奈代さん。

假奈代さんの発する言葉に耳を傾けていると、昔のことでも現在形を使って話されることが多いのに気づきます。まるで、その時の感情を、心の奥から取り出して、解凍し、もう一度確かめながら話しているかのように。

後半では、「社会実験」の結果や、假奈代さんの右下度などにせまります。

後半へつづく
インタビュアー:徳田なちこ(取材日:2017年10月10日)

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