武田緑さんが「ソーシャルビジネス界隈の人のお話を聞きたい」とバトンを渡したのは、認定NPO法人D×P(ディーピー)の理事を務める入谷佐知さん。武田さんとは同世代で、教育や中高生支援という近い業界で活動していることもあり、以前から一度お会いしたい存在だったとか。今回は活動内容だけではなく、NPO運営や仕事のスタンスについても伺った。
※この記事は武田緑さんとの公開対談をインタビューとして再構成しています。
趣味と仕事の垣根を超える
ー早速ですが、入谷さんのお仕事内容を教えてください。
入谷: 私はD×PというNPOで理事を勤めています。D×Pというのは「Dream times Possibility(ユメと可能性)」の略で、生きづらさを抱えた高校生(10代)のサポートをしています。もう少し詳しくいうと、例えば不登校の高校生が学校を中退してしまうとか、進学先や就職先が決まらないまま卒業してしまったりして所属先を失っても、人とのつながりをどんな人も持てるような社会をつくろうと活動しています。今は大阪の天満橋に事務所があって、私は広報と資金調達(ファンドレイジング)の業務を主に担っています。
ー広報と資金調達ということは、普段のお仕事で関わるのは高校生ではないのでしょうか。
入谷: そうですね。あとは経営やマネジメントを担っているので、実際に高校生と直接会うっていう機会はまれです。ただ、個人的にツイッター(SNS)をやっていて……実は私、ツイッターのアカウント、今5個持ってるんですよ。
ー5個も!? なんか若者っぽい使いかたですね!(注:入谷さんは取材当時32歳)
入谷: ふふふ。そうですよね。ある漫画の感想用とか、アーティストさんのファン用とか、もちろんD×Pの入谷佐知として実名でやっているものもあります。で、そこで出会った仲間たちには、結構10代とか20代の人が多いんですよ。
その中で、コスメ(化粧品)のことばかり発信してるアカウントがあって、そこの仲間でコスメについてめっちゃ詳しい子がいるんです。でも、ある深夜にふとツイッターを見ると「もう、なんか死にたい……」みたいに書いてて。夜中の3時まわってたんですけど、どうしても気になって「どしたん?」ってメッセージ送ってやりとりしていたら、実は高校を中退してて、とか、家庭に居場所がなくて、とか、いろんな事情を聞くということがありました。
D×Pの入谷佐知のアカウントに相談のメッセージが来ることもありますが、実名を出していないほうのアカウントで相談を受け取ることが多いです。ただ趣味の話題だけでつながっている高校生とか若い人たちと、SNSとかオンラインでやりとりするっていうのは、この7年くらいずっとやってます。
「実は昔キャバクラで働いていた」という入谷さん。
ーそれは、D×Pの入谷さんとして、意図してやってる部分もあるんですか。
入谷: うーん、途中からはちょっとそういう意図も入ったと思います。最初は、好きな漫画の感想を語り合いたいとか、コスメやアーティストさんの話で盛り上がりたいとか、単なる自分の楽しみでした。でもその仲間たちの中には、好きなものの世界に閉じこもっていたかったり、リアルでは心を開ける人が少なくて、SNSの中にずっといたりという人もいます。家庭や学校での事情を聞いていると、D×Pで出会っていたとしても不思議じゃないなって思うことはよくあります。
だからオンライン上では、10代の子だけで毎日3~4人、20代とか30代も含めると15人くらいの方と、ツイッターのDM(メッセージ機能)やLINEでやりとりしてます。
―それは、プライベート活動になるんでしょうか、仕事につながっている感じがあるんですか。
入谷: 趣味に近いですけど、D×Pにつなげたほうが良さそうだなと判断した場合は声をかけたこともあります。でも、SNSって北海道から沖縄まで、本当にいろんな地域の人がいるので。例えばこの前は、東京在住で、学校以外に過ごせる場所がないかなっていう子がいたので、東京で学習支援をしてるNPOさんだったり、子ども食堂をやってるところに連絡して、こういうところがあるよって伝えたことがありました。
だから、ほかの支援団体につなぐことも結構多いですね。これがD×Pの仕事なのか何なのかわからなくなってきたんですけど、自分の中でいろんなことに境目がないんだと思います。
―すごいことだと思います。でも、業務外でも常に仕事している状態という感じで、しんどくなることはないんでしょうか。
入谷: 私の場合はほとんど趣味というか。そのやりとりしてる相手のことを趣味の仲間として尊敬してるんですよ。だから楽しめるのかな。あと仕事の業務量に関していうと、以前は無理をしていた時期もあったんですけど、今はD×Pのスタッフにもすごく恵まれてて、業務が楽になってきています。
財源の7割が寄付
―資金調達、ファンドレイザーとしてのお仕事についても伺いたいです。NPOは非営利活動ということから、企業のようにお金を稼ぐことを成長の指標や目標にしないという面があると思います。そういった中でお金を扱う業務に携わられて、葛藤や難しさはありませんか。
入谷: 私の感覚では、今はNPOと企業の境がなくなってきていると思っています。企業も単純に売り上げ増だけじゃなくて、社会貢献的な部分と両方を目指している企業さんが増えてる実感があります。
D×Pも、NPOとしてのビジョンを目指すことと、それに必要な経費としてのお金を得ること、それらを両立することに、ものすごくジレンマがあるというふうには捉えていないですね……いや、あるのかな。でも、「やってやりたい!」という気持ちが強いです。
対立軸といわれる2つの物事があって、それを両立させようとするところからイノベーションが生まれるはずっていう気持ちがずっとあるんです。これは、私の師匠からの教えでもあります。
―ちなみに、D×Pの活動資金はどういったところから得ているんですか。
入谷: 現在は収益全体の7割が寄付になっています。会計報告でいうと、2015年度は事業収入と寄付収入が半々。それが2016年度ごろから寄付が7~8割になって、2018年度は7割でしたね。
―7割というのはかなり多いですよね。一般的には、行政からの補助金・委託事業などでマネタイズしているNPOが多いかと思うのですが。
入谷: 一般的には、寄付ではなく事業収入を得たほうが経営が安定すると言われますし、寄付が多くて事業収入が少ないと低評価になることもあります。でも、事業収入なら本当に安定的なのか?っていうと、そんなことはないと思うんですよ。企業で収益を得ていても安定的でないところなんて山程ある。
収入が多様化しているほうが経営としてはベストですが、限られたリソースのなかで特化しようと、2015年頃から寄付という財源に集中する決断をしました。
―舵を切ったのは、英断ですね。
入谷: そうですね。寄付という財源だからこそ、純粋に目指せるものがたくさんあると思います。例えば、この前インターン生が、プログラムの事前の会議でうんうん悩んでいたんです。どうしたら高校生にとっていい場がつくれるかとか、卒業後どんなつながりがつくれるかとか。そういう会議で、何にもとらわれずに、純粋に高校生のことを考えられるのは、財源が寄付だからだと思っています。寄付がなかったら、私立高校に営業まわりにいくのが今日のわたしたちの仕事だったかもしれない。寄付してくれる方のおかげで、高校生のこまりごとにまっすぐ向かっていけるんだと思ってます。
―どんな方が寄付をされているんでしょうか。法人が多いんですか。
入谷: 法人も個人の方もいます。全体額の68%が大口(年間10万円以上)。この中には法人も個人の方もいます。あとの3割が小口で、といっても個人の方には大きな額ですが、年間1万2000円(月々1000円から)のマンスリーサポーター制度もあります。
D×Pのホームページには、寄付したい!と思ったらすぐにアクセスできるページが用意されている。(https://www.dreampossibility.com/be_our_supporter)現在は冬季募金のプロジェクトも開催中!→(https://camp-fire.jp/projects/view/212172)
やっぱりコミュニケーション
―そもそも寄付7割の状況をつくるということがすごいことですよね。
入谷: 私は大したことしてないんですけどね。代表が頑張ったんですよ。
―代表の今井紀明さんも、私たちとも同世代ですね。
入谷: 今井は双方向にコミュニケーションするのがすごく上手です。今井以外のスタッフを見ていても、寄付を集めるというのは私たちの良さを活かした方法だったと思います。
―何かワザとか、工夫されたことはあるんですか。
入谷: なんでしょうね、やっぱりそれもコミュニケーションですかね。この前面白いことがあったんです。あるマンスリーサポーターの方から「私D×Pの寄付やめようと思ってる」と連絡が来たんです。お話を聞いてみると、最近活動に違和感を持ってるというお話だったんですけど、いろいろとやりとりをしていくうちに誤解がとけて、「絶対続けます!」と言ってくださったことがありました。これ、全く同じようなことが今井もあったそうです。
何も言わずにシュッてやめちゃうこともできたはずだから、「よく伝えてくれましたね」って言ったら「だってさっちん(入谷さん)いつも質問したら返してくれるし、やりとりしてくれるってわかってたから」みたいなことをその方が言ってくださって。
―いい話ですね。
入谷: 私、いつもD×Pのスタッフに伝えているのですが、広報(PR)っていうのは一方的に広く知らせるっていう意味じゃなくて、パブリックリレーション、双方向の関係性を築くっていうことなんだよ、キャッチボールなんだよって言ってます。
広報やってる人なら当たり前の話なんですけど、今回本当にそうだと実感しました。伝えてくださったその方自身が素晴らしいというのもあるんですが、対話できる関係性を築くことができていて良かったなと。そのやりとりが生まれるのって、本当に尊いことだなと思っています。
ツイッターでは5つのアカウントを駆使し、業務でもコミュニケーションを大事にする入谷さん。
後半では、「右上っぽい、むしろド右上」だという入谷さんの働く上でのスタンスについても掘り下げていきます。
後半へつづく
インタビュアー:武田緑、宮崎絵里子(取材日時:2019年8月22日)